<劇団アンゲルス> バックナンバー 2008年 劇団アンゲルスは「道化師たち」で 1月 群馬県・前橋演劇祭に参加しました。 2007年 |
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| アンゲルスカフェに関するあれこれ...カフェテアターのインフォメーションもこちらです。 |
サーカス小屋の道化師たちが、
Web版パンフレット...芝居の舞台写真がメインとなってます。 |
今日の国と明日の国を行ったり来たり
憶えがあるでしょう、歌は時をこえるもの
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2007ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭参加作品
共催 金沢市民芸術村アクションプラン実行委員会
会場 金沢市民芸術村ドラマ工房
日時 10月31日 19:30開演
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「マクベス2007」 H・ミュラー
3月16(金),17(土),18(日) 金沢市民芸術村ドラマ工房
金沢公演の舞台写真 をご覧ください。
4月3(火),4(水) 麻布die pratze (OMA Collection 2007)
8月2(木),3(金) 韓国Chunchenフェスティバル



「十三夜」 樋口一葉
玉泉園西田邸
\3000(要予約)
2007年 2月3日(土)19:30
2月4日(日)
劇団アンゲルス第11回公演(2006年9月)

■2006年 7月31(月),8月1(火) 20:00〜:
入場¥2,000(1Drink+α)
<一人芝居>月原 豊「テロルの快」=劇団アンゲルス
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テロルの 快 |
<舞踏>白榊 ケイ「剥製にされた夏」=金沢舞踏館
剥製にされた 夏 |
金沢舞踏館は金沢市を中心に「舞踏」(Butoh)の活動をつづけているグループです。
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金沢舞踏館 http://www.spacelan.ne.jp/~butohkan
■アンゲルスカフェ劇場/2006年 4月30(日),5月1(月),2(火) 20:00〜:
入場¥2,000(1Drink+α)
■隙間企画(前橋)ティールームリバティ/5月6(土)、7(日)
(http://yocuta.com/sukima/info/vol3-info.html)
<一人芝居>下條世津子「銀河の夜」=劇団アンゲルス
| 銀河の夜 | 私の命が流れ去ってしまわないように・・・ いま“不安”というリアルに踏み込む! |
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<舞踏>山本萌 +白榊ケイ「春の墓」=金沢舞踏館
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金沢舞踏館は金沢市を中心に「舞踏」(Butoh)の活動をつづけているグループです。 1976年、師である土方巽の暗黒舞踏派・白桃房から独立した山本萌が、「金沢舞踏館」を名乗り、東京で活動を始めました。翌年に、山本の郷里・金沢に戻り犀川上流の古洋館を小劇場に改造し、そこでゆっくり作品作りを手掛け始めました。この頃に、公私に渡るパ−トナーである白榊ケイが新たに参加し、以後二人を中心に活動が広がり、スタッフを含めてメンバ−4名で現在に至っています。 2004:オーストリア 第13回グラ−ツ国際舞台芸術研究所ダンスフェスティバル招聘参加「入眠」新作公演 2005:オーストリア 劇団ASOUとの国際共同製作「変身」舞踏公演。グラーツ、金沢、東京で二国間共同公演実現。DREVOとの共同制作=アスベスト館企画としてロシア・ドイツ公演に萌が参加。金沢JCDN「踊りに行くゼ!!」金沢編に「変身的二人」で萌とケイ出演。 |
金沢舞踏館 http://www.spacelan.ne.jp/~butohkan/
劇団アンゲルス第10回公演 =2005/2006年 日本におけるドイツ年=企画
王女メディア/メディア 2005年 10月14(金) 20:00 シンポジュウム:「H・ミュラー効果と創造都市」 10月15(土) 14:00〜17:00/21:30 〜23:00
台本・演出=岡井 直道 共催:ドイツ連邦共和国(ドイツ大使館) 金沢市民芸術村アクションプラン実行委員会 2005年 劇団アンゲルス公演(10/14,15,16) 出演、制作、スタッフの仕事、等々・・・希望してください。 連絡/ TEL&FAX:076-264-3078
『‥‥天使は、毎瞬新しく無数の群をなして創出され、 神の前で賛歌を歌い終えると存在をやめて無のなかへ溶け込んでいく。 そのようなアクチュアリティこそが唯一の真実なものなのであり、 このグループがそれをおびていることを その名が、意味してほしいと思う‥‥』 (W・ベンヤミン)
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劇団アンゲルス第9回公演
=「かなざわ演劇祭2004」参加作品=
「チェーホフマテリアル2004」
映像と音楽と造形と役者たちのコラボレーション
原作:A・チェーホフ「三人姉妹」より
台本・演出:岡井 直道
期日:12月17(金) 19:00
18(土)14:00, 19:00
19(日)14:00
会場:金沢市民芸術村ドラマ工房
出演者:岡田 桂.北村 純子.近藤 隼人.澤田 春菜.下條 世津子.丹野 勇.月原 豊.中谷 千恵.中元 未玲.吉田 雅暁
スタッフ:照明=松本 徹(照研)/音響=Hara2、辻子 紀子(夢宇人)/舞台=小林純也、松田勝彦/美術=小林 あかね/
映像:嬉野 智裕、山内 宗寛/
演奏:NEUK=井ノ上 孝浩(ギター)、月原 誠(ドラムス)、藤沢 裕子(KY.SX)

モスクワへ、ここではなくモスクワへ!・・・新しい生活を始めることを願う三人姉妹。
“働く”ことが、本物の充実を創り出すことになる・・・それは姉妹たちの“燃えるような渇望”です。
──今や時代は移って、われわれ皆の上に、どえらいうねりが迫りつつある
ほら、そこに暗い穴が・・・
──隠蔽されたものたちが、いつ飛び出してくるかもしれない
失ってしまったものたちが・・・大きなうねりで押し寄せてくる・・・
──都市では、深刻な“ひずみ”が、いたるところに噴出し、
われわれは為すすべを知らず、しばし呆然としている。
・・・都市生活者は、己の快適と安全のために多くのものを隠蔽してしまったのだ──
時代の不安に身を晒しながら、モスクワでの“新しい生活”と“働くこと”に大きな夢を託す三人姉妹の“日々”を描きます。
後援:金沢市・かなざわ演劇人協会・石川日独協会・石川県ロシア協会・北国新聞社・
テレビ金沢・エフエム石川・ラジオかなざわ・金沢ケーブルテレビネット
招待: 外国籍者30名(葉書、FAX、E-mail でアンゲルス事務局に申し込んで下さい)
We invite 30 foreigners for free ! Please sign up !
E-mail:angelus@spacelan.ne.jp
☆劇評☆
劇団アンゲルス 『チェーホフ・マテリアル2004 =三人姉妹=』
木村透子
2004年12月17日〜19日に、金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された劇団アンゲルスの『チェーホフ・マテリアル 2004 ー三人姉妹ー』では、従来の『三人姉妹』の演劇と異なるところが三点あった。
1、舞台上に白い大きな立方体の箱が立ち上がり、三人の姉妹はその上で芝居する。(他の登場人物たちは箱の下で演技するのであるが。)見ていると、彼女たちが縁から落ちてしまうのではないかと、ちょっとはらはらすることもあった。彼女たちの、人生の縁にしがみついて生きる姿、不安と焦燥にかられる姿を表現しようとしたのだろうか。また、その箱の側面には、ニュース映像などが映された。
2、パンクジャズ・バンドによる音楽のライブ演奏が舞台上(演技の下手)で行われた。かなりの音量と分量であり、バックグラウンドというものではなかった。
3、地の者:道化師あるいはマントを着た女たちが、狂言まわしあるいは予言者のように劇中に登場し、例えば「お前たちはこの叫びを聞く耳をお持ちかい?」とミューラーの『メディア』の台詞を言ったりする。
この三つの点により、今回の『三人姉妹』は、公演ちらしに書かれてあった「映像と音と造形と役者たちのコラボレーション」となり、感覚的で、視覚的で、退屈させない劇になったと同時に、舞台の中にもう一つの舞台を見るような、客観的で覚めた視点を与えられることになった。私は一方、覚めた視点こそチェーホフの原作『三人姉妹』の本質のように思っていたが、この岡井『三人姉妹』は全く別のところで客観性を見ることになった。
チェーホフの作品は、いわゆる大きな物語というのではない。トルストイやドストエフスキー作品ようなドラマティックな、壮大な物語ではない。一つの事件をたどり、一つの結末をつけて終わる作品ではない。普通の人びとの現実生活のなかでの葛藤がテーマであり、日常のばらばらの出来事や状況を広げ、広げっぱなしにして、それを感情的にではなく、冷徹な視点で眺めるといったところがある。こうした意味では、百年の時を超えて、現代的な作風であると思う。原作『三人姉妹』で感じたのは、登場人物たちがとても孤独であること。お互いに話していることがかみあっていなくて、空しい独白でしかないこと。姉妹たちの「モスクワへ!」と劇中で何度も繰り替えされる希望の言葉も次第に力なく、やがて消えていくあの空しさ。相手に届かない言葉、成り立たない対話。このさびしさは現代そのものではないか。さらには、肩書きや権威に縛られ、空々しい理論や空しい言葉ばかり並べて行動がともなわない男たち。まさに現代の男たちではないか。そうした男たちを見放し、必死に自分たちの生き甲斐を求める女性たち。これも現代の女性たちそのものである。そして、劇中の言葉「今や時代は移って、われわれ皆の上に、どえらいうねりが迫りつつある」のように、時代の変わり目にあって、かすかな期待と大いなる怖れに恐々としながら生きている私たち。そういう意味でチェーホフが差し出した問題は現代のそれである。そして、こうした状況を覚めた目で見る時、この劇は、三人姉妹の夢が現実のなかでだんだんと砕かれていくという悲劇でありながら、どこか私たち人間の営みの哀れさ、滑稽さを感じさせる(喜劇とまでは言えないにしても)劇であるように思われてきた。
岡井氏の台本、演出は冒頭に挙げた三点により、そうしたことを意識しているのかとも思うのだが、そう解釈するためには、三人の姉妹や他の人物たちを演ずる若い俳優たちがとても元気よく、台詞もはぎれよく明瞭なため、そうした人生の裏面というか、無意味さや弱み、同時にかすかな希望を見せることにおいて、また人と人との無言の緊張関係を表現するには、少し無理があったかと思われた。また、原作に在る老軍医チェプトイキンが登場せず、ヴェルシーニン陸軍中佐の哲学論もかなり省略されていたことによって、チェーホフの原作に漂っていたシニシスムや冷徹さがかなり薄められていた。
しかし、そういうことよりも強烈に明快に、岡井『三人姉妹』は、現代の私たちを「不安にしているもの、恐ろしいもの、面倒なもの、危険なもの、汚いもの、そして懐かしいもの」が詰まっている大きな箱を見せた。登場人物の台詞や所作よりも明らかに、誰にも見える形で。とても前衛的でパワフルな芝居だと思った。
(「」内は、公演パンフレットより引用)


2004年 5月 アンゲルスキントテアター
「道化師たち」=M・エンデ=原作 サーカス物語より=

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