|
|
|
| わたしは、野外公演が大好きだ。いままで随分いろんな場所でやってきたが、例えば新月の夜、八ヶ岳中腹の広場で「走れメロス」を巨大な火を焚いてやったことがあった。その時はメロスが走る路に灯油と布を入れた缶を30cmごとに設置して火をつけた。闇夜に点々と浮かぶ小さな光の路は、大自然の中に居るちっぽけな私を瞬時感じさせてくれた。青森のリンゴ園や松本市の公園広場では満天の星、そして京都の梅小路車庫では本物の蒸気機関車を動かしての「銀河鉄道の夜」の上演に関わった。いずれも舞台監督として参加したのだが、野外公演をやる中で、そこに、劇場という建物の中の舞台とは根本的に違うものがあることに気づきだしていた。 | |
| 劇場公演の場合は、全国様々な劇場で、とにもかくにも“本公演”で仕上げた(?)スタイルを再現することに努力が注がれる。これは、海外公演に出かけていっても、同じことだ。事前に図面や書類で劇場の状態を把握して、何とか、"本公演"の舞台と遜色のないものを造り上げる、まあ、その能力が舞台監督に求められるわけだ----大概の場合。海外の場合は、照明や、音響器具の違いからずいぶんと印象の違った舞台になってしまう可能性が大きい。海外での仕事を始めた頃は、事前に現地に飛んで、慣れない交渉に奔走。費用も随分かさばったように思う。何度もFAXや電話で連絡を取り合って、ようやく "本公演" と同じような舞台を造り上げて・・・・きた。 |
|
|
野外公演の場合は、----- そうはいかない。"自然"というやつは、気にしなければまさにいつもあるもの----自然だ。しかし、そこに舞台装置や、照明器具等を持ち込んで舞台を創ろうとすると、ああ、よけいなもの、なにを小賢しいことを! と違和感いっぱいの落ち着かない気持ちにさせられる。それでも強引に舞台なるものを造っていくのだが、いくらがんばってやっても、チャチだ・・・・なあとどこかで感じている。ここに在って、己の硬直した創造性を思い知らされるわけだ。もっと伸びやかに自由にはばたける空間を舞台としたい! そう思わせてくれるのはやっぱり野外での作品創りだ。 コラボレーションというのは、「それぞれ独自のジャンルの芸術作品が複数重なり合って同時に作品行為を為すこと」と言っていいと思うけど、演劇の場合、これがなかなか難しい。通常は、演出家なる者がタクトを振って、俳優と各種デザイナー達の仕事を統御し、絶妙にコントロールすることで、調和した作品を創り出す----というふうにやっているわけだ。----こんな風な作品作りは、いつも同じ調子の舞台をお見せすることにはむいているけれど、所詮、自然が持つダイナミズムをとらえるには至らない。 (2000,1・5 記)
Go to [Photo Gallery] Top !
|
|