1998年1月15〜17日 金沢市民芸術村<ドラマ工房>で上演した「リア王」の様子を紹介!

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 岡井 直道

 

 確か19歳の時だったと思う。友人の下宿で、ジョーン・バエズの“Blowin' in the Wind”を聞いた。クラシック音楽好きな友人が、新しいレコードを手に入れたから聞きにこいという。畳の上の小さなプレーヤでLP盤をかけると、薄っぺらいスピーカーから甲高い女性の声が流れてきた。「クルエルウォー」、「ジョニーは戦場へ行った」、「500マイル」、「パフ」、そして「風に吹かれて」。どれも2,3度聞くと唄えそうな親しみやすい曲だった。

 今から30年ほど前、1967.8年頃のことで、このころビートルズの来日があり、熱狂的なビートルズブームがおこっていた。そして一方では、バエズや、ピーター、ポール&マリー、そしてボブ・ディランのフォークソングが“われわれ若者”の間で唄われ始めた。これらのフォークソングは、アメリカの若者たちからの“ベトナム戦争反対”の声だったのだ。

 アメリカでは、徴兵拒否からベトナム戦争そのものに対する反対行動が激しくなっており、軍隊の出動も頻繁になっていた。そのころの『LIFE』という写真誌に載った1枚の写真を思いだす。反戦のデモ隊に対して国防総省の警備兵がカービン銃をかまえ、一人の若者がその銃口にカーネションをさしている写真だ。こんな抗議の姿は、“フラワー・パワー”と呼ばれた。

 さらに1968年5月におこったパリの若者たちの“反乱”は僕たちの心を強く激しく揺さぶった。ドゴール体制に異議を唱えた“5月革命”だ。この闘争にもいくつかの忘れがたいエピソードがある。激しい闘争の中、夜中にパリの画学生たちが描き街頭に貼ったポスターは、その日のうちに剥がされ持ち去られたというのだ。闘争の中で産み出され刷りあげられたポスターが多くの人の心をうち、人々は競ってこれらを手に入れようとしたのだ。

  世界各地で起こった若者の闘いは、過激な様相をしてはいたが、同時にそれぞれ、しなやかな心も顕わしていた。 

 “若者”は家を出、学校を、職場を出、街頭と広場に生きた。風にさらされ、身に纏っているいっさいのものを剥ぎとっていった。

  人は遠い昔、風に流離って生きたという。耕すことを始める前のずいぶん長い間、風の中で身を晒して生きたという。そんなふうに長く続いた生き方は、私たちの深いところに消しがたく刷り込まれているようだ。今を生きる僕たちの中に、ときとして、出ていきたい、風に吹かれたいという強い衝動が動き出すことがある。

 これはそう“あこがれ”とよぶべきものなのだ。 (1998.1.5 記)

 

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